劇カラ通信

10-BOX国際演劇学校

ジャック・ルコックの創造教育

10−BOX国際演劇学校講師・コーディネーター
ヤコ キムラ(舞台芸術家)に聞く

ジャック・ルコックの言葉から 〜ルコックの創造教育〜

ジャック・ルコックとは、1940年代からフランスで演劇活動を始め、その後ドイツやイタリアで演劇教育に関わった後、56年からパリに拠点を移し演劇学校を開いたフランス人です。それから常に生徒と共に探求の旅を続けたルコックは、60年代にはパリの国立美術学校の教授にも就任し、空間構成と建築に動きの教育法を取り入れた多くの実験を行いながら、その演劇教育の視野を舞台芸術のための探求として拡げていきます。彼の刺激的な探求の授業は生徒の好奇心と創造力をかきたて、70年代には太陽劇団のアリアヌ・ムヌシュキンなどの素晴らしい演出家たちが卒業生として意欲的に創作活動を始めるようになります。そして、彼らの独創性豊かな作品に触れた若者たちはその豊かな「発想のモト」を探ろうとしてやがて世界中からやって来るようになるのです。99年に亡くなるまでルコックの探求心は失われることなく、創造教育の実際はそれぞれの時代の中で常に生徒と共に発展し続けていきました。そして今日、ルコックの創作教育に触れた芸術家は世界中に驚くほど多くいるはずです。

ルコックは「固定した知識を伝えてゆくのではない」と言い、生徒に「創作するセンスを発掘させること」を求めていました。そうしたルコックの仕事に注目し、影響を受けたのは演劇人だけでなく、建築家、教育者、心理学者、小説家にまで及びます。こんな考えがどこからやってきたのかも知らないままに、現在もなお間接的な影響を受けている人たちも数多くいることでしょう。彼は、自身の学校についてこう語っていました。

「本校のオリジナリティは、できるだけ広く不変の基礎を身につけたら、あとはいろいろな要素の中からそれぞれ自分の道を選んでほしいと願っていることだろう」

その師の言葉を受けて自由に創造の翼を拡げていった卒業生は、俳優、演出家、舞台美術家、劇作家、振付家、ダンサー、お笑い芸人、パフォーマーなど舞台芸術のありとあらゆるアーティストとなって活躍し続け、同時に、彼が行なった教育は、ルコックの視線を理解しその本質を感じ取った卒業生たちによって世界中に「絶えざる探求の場」として生き続けています。そして、いま、ここにある10-BOX国際演劇学校もまた、そうやって芽吹いた貴重な「場」のひとつなのです。

創造に至る冒険 〜ルコックの創造教育〜

「10-BOX国際演劇学校」はフランス人ジャック・ルコックが創立した「ジャック・ルコック国際演劇学校」とその舞台空間実験室「L.E.M」で行われている教育システムを軸にして、授業カリキュラムを組んであります。本科の2年間と研究所最低1年間の全課題を数週間に詰め込むことは当然できないものの、かつて日本で行われたルコック・システムによるワークショップからすれば、異例の長期講座であり、また創作室での造形研究を含む、初めての総合的な「創造教育システム」の実現だろうと思います。

なによりも重要なのは、この創造教育に欠かせない三本柱「即興」「動きの分析」「個人の創作」が時間の経過と共により深く密接に交差し、補い合えることです。受講生はグループで行われる授業を通して、他者と共に体験し、発見しながら、その場に起こる現実を確認していきます。同時に創作室では個人となって、自らの身体感覚を通した視点で課題の制作に取り組むのです。

このユニークな創造に至る冒険に参加する受講生には、実験を繰り返しながら自分自身と向き合える時間があり、その自主研究の結果が思いがけない発見やひらめきとなって自分に跳ね返ってくる驚きがあります。

感覚的な発見は、身体感覚を含めあくまで個人的な体験に基づくものであり、言語の領域を通り越し、より原始的な部分に働きかけてきます。だからこそ、そこで彼らが見つけた「秘密」があるとすれば、それは自分の中で掘り起こさせた「創作センスの鍵」に他ならないのです。

冒険は、楽なものではありません。本気で集中する積極的な研究姿勢がなければ、何も見つからないことだってあり得るでしょう。指導者はこの冒険の地図を持っているだけで、実際に行動するのはあくまでも受講生なのですから。

それにしても、誰に依存することもなく明瞭な意識でそこに潔く立つ「身体」はなんて美しいのでしょう。彼らは、ひるむことなくどこにでも行ける準備ができている。

現実をしっかりと認知し、その本質について考えることができる彼らに期待することは「創作活動」だけではありません。彼らの鍛えられた鋭い観察力とその身体感覚、バランス感覚を通して捉えられる視線が、社会のあらゆる状況にどれほど必要とされているか、彼らは気づいているでしょうか。

舞台芸術家にできること〜ゼロの地点から〜

ジャック・ルコックの創造教育システムは、芸術家が自分自身の基盤をつくるためのものです。

そのことは、幼児が「あそび」という「体験」を通して世界への関心を高め、自己を確立していくこととも似ているのかもしれません。

私たちは、舞台芸術を志す人たちが自らの「起動力」をより力強いものにし、今後、必要に応じた技術と知識を学び続けながら、たくましく芸術活動を続けていってくれることを期待しています。そして、彼らの「現実」が創作につながる「ゼロの地点」であることを自覚し、常に世界とつながっていて欲しいと思うのです。

フランスでの舞台芸術家たちの活動は実に多種多様です。彼らが国内外を訪ね歩きながら作品を制作したり、世界情勢や社会問題に敏感に反応し行動を起こそうとするのは、すべてアーティストたちの素朴な欲求から起こっていることと言えますが、もう一つの理由を挙げるとすれば、それは彼らの「現実を見逃すまい」とするプロ意識であり、社会が彼らの能力を他の専門職同様に評価していることの証明でもあるのです。

日本では、残念なことに舞台芸術家が職業として認められることすら困難な状況です。アーティストを育てようとする意義に、疑問を持つ人さえいるかもしれません。

けれど、すべての国にアーティストは必要なのです。

それは彼らが、良質な作品によって私たちの心を潤してくれるという理由だけではなく、安易に他者の言動に同調したり翻弄されたりせずに、自分の受けた感覚に耳を澄まし、そして純粋な声をあげることのできる存在だからです。

相棒のヴァレリー・モアイオンが質問を受けたことがありました。「世界中で戦争が起こっているという現実に対し、あなたは自分のやっている演劇という行為を通して何かができると思いますか?」彼女は真顔で「ウイ」と言い、その理由を「あらゆる暴力的行為の、その対極にあるべき重さとなるために。」と答えました。それはつまり「世界があるひとつの方向に傾いていくことを防ぐために」です。

そうだとすれば、私たちの世界はもっとずっと多くの芸術家を必要としているのかもしれません。それぞれの点となった個人が自在に動き回りながらつくる「もう一つのバランス」を提案するために。

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